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「道の駅番号,長野県南部4番の秘密」について…

 

f:id:osanpowanko:20140227173908p:plain 【道の駅あれこれ:その1】

 

今日は,長野県南部の道の駅をお散歩していた時に,登録番号4番に該当する道の駅がないことに気がついたのでそのことについて調べてみました.

 

  

f:id:osanpowanko:20140227173908p:plain 国土交通省中部地方整備局へのお問い合わせ

 

どうして4番がないのか気になったので,管轄している国土交通省中部地方整備局に問い合わせてみました.

…すると,とても丁寧な回答を直ぐに返信してくれました.

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長野県南部の道の駅「4番」は、当時長野県木曽郡山口村に設置された『賤母』が登録されておりましたが、現在は旧山口村が岐阜県中津川市となっておりますので、長野県南部ではなく、岐阜県の道の駅となっております。

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とのことです.

 

県境に変更があったため,長野県南部の道の駅「4番」は無くなり,岐阜県の道の駅として新たに登録されたのですね.

  

f:id:osanpowanko:20140227173908p:plain 道の駅「賎母(しずも)」

 

現在は岐阜県の道の駅である「賎母」へは,以前お散歩に行きました.


「賎母」のある中津川市(なかつがわし)は,岐阜県の南東部に位置し人口は約82万人です.
「賎母」は,2005年2月12日まで長野県南部の道の駅として登録されていましたが,山口村の中津川市への越県編入合併が行われたため,同年2月13日より岐阜県の所属となりました.

道の駅の管轄はどちら(長野県南部も岐阜県)も中部地方整備局です.

 

道の駅「賎母」は現在,岐阜県45の道の駅として登録されています.
45番目だなんて,岐阜県にはたくさんの道の駅がありますね” 岐阜県は北海道につぎ道の駅が多い県で,2014年5月現在で54ヵ所となっています.

ちなみに...北海道には,2014年5月現在で114ヵ所もの道の駅があります.

 

f:id:osanpowanko:20140227173908p:plain 市町村合併と越県合併

 

 市町村合併という話はよく耳にしますが,県をまたいで合併が実施されることがあるだなんて知りませんでした.

 

【市町村合併】

市町村の合併に関しては,今までに大きな動きが3度ありました.それぞれ「明治の大合併」「昭和の大合併」「平成の大合併」と言われています.

 

■大合併による市町村数の変化

 

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(注)1888年当時は町と村のみ存在しており,市が設置されたのは1889年以降です.
(出所)総務省ホームページより.

 

総務省のホームページ「市町村数の変遷と明治・昭和の大合併の特徴」によると,1888年の「明治の大合併」によって町村数が約5分の1となったそうです.

また,1953年から1961年の間には市町村数が約3分の1となり,1961年6月時点では市町村数が3472となりました.これは「昭和の大合併」と言われています.規模の合理化で行政事務を能率的に行う必要があったことが合併の背景にあります.

「平成の大合併」は1999年4月より始まりました.少子高齢化に対応したサービスの提供を行うためや効率的な財政運営を行うためといった要因が背景にあります.

 

■平成の大合併による市町村数の変化

 

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(注)グラフ中の右端の数字は2014年4月におけるそれぞれの数を示しています.
(出所)データは総務省ホームページより.

 

平成の大合併における市町村数の変化のグラフからは全体の数の減少に伴い,町や村の数が減少する一方,僅かに市が増加しているのが分かります.

ちなみに,平成の大合併において市町村数の減少率が最も高かった県は長崎県です.1999年から2010年の間に市町村数は79から21に減少しており,減少率は73.4%です.一方,東京や大阪の減少率は低く,2%台に留まっています.

 

合併の効果として財政支出の削減や職員の能力向上が挙げられています.専門職員を配置できた事により保険・福祉分野のサービスが充実したとの評価もあります.新たな中心市を核とし広域的に管理する事で,一体性のある地域活性化に取り組むことができた市や町もあるようです.
しかし,行政と住民の間における連帯が弱まったとのマイナスの評価もありました.
必ずしも効率的なシステムになったとは限らず,さらに財政面でも厳しい状況に直面している市も多いようです.

 

以上のように,合併の背景としては基本的には行政基盤の合理化や強化といった要因が挙げられますが,人口減少社会に突入したことや国民の生活形態の多様化など,時代の変化とともにさらなる改革が必要となったことも,市町村合併が推進されてきた要因のひとつです.

 

1888年には7万以上あった市町村が3度にわたる大合併により,2013年1月には1719にまで減少しています.

 

市町村の合併は通常,同一都道府県内で行われるケースがほとんどです.
しかし,地理的な理由などで隣接する県との関係が深い場合など,県境を超えた合併が議論されるケースもあります.

 

【越県合併】

越県合併は関係する双方の都道府県議会の議決が必要となるため,実現が難しい合併と言われています.

 

2005年2月13日付けで長野県木曽郡山口村が岐阜県中津川市に編入されたケースにおいても実現までに様々な議論がなされました.地域の一部を失うこととなる長野県の知事であった田中康夫氏は,「越県合併は同一県内の合併とは異なる。県民各層の判断を把握し、その上で提案したい」との方針を示していたそうです(長野日報,2004年9月17日).

 

岐阜県の中津川市と長野県の山口村は,道路交通網を中心に結び付きが強く,また木曽川水系にあることから古くからつながりの強い地域でした.さらに,生活権の拡大といった地域住民のライフスタイルの多様化により,それまでの行政の枠組みでは適切なサービスを維持していくことが困難となったことが編入の背景にあります.

2000年に行われた国勢調査によると山口村における就業者の20%以上が通勤で中津川市に流入していたそうです.雇用面において中津川市が中心地としての役割を果たしていたということです.また,高齢化の進展に伴う新たなサービスへの需要や厳しい財政状況も合併を必要とする要因となっていました.

合併により生活圏と行政区域が一致することで質の高いサービスを提供できるということです.

 

前述したとおり,長野県の山口村と岐阜県の中津川市の合併は,山口村の中津川市への編入という形式で行われ2005年2月13日に新しい「中津川市」が誕生しました.

 

総務省統計局の資料(廃置分合・境界変更・名称変更一覧)によると大正9年10月2日から平成17年10月1日までの期間に境界変更が23件行われていました.境界変更においては人口の移動を伴っていないようです.また,同期間に行われた編入は28件であり,そのうちの20件が人口移動を伴うものでした.

山口村の岐阜県への編入も人口移動を伴うものであり,長野県木曽郡山口村の2040人の人々は岐阜県中津川市に編入されました.

 

同一県内での市町村統合とは異なり,県をまたいでの合併はほとんど事例がありません.
道の駅「賎母」は平成になり,唯一行われた越県合併により所属する県が変更になった珍しい道の駅なのですね.

  

f:id:osanpowanko:20140227173908p:plain 長野県南部「4番」の秘密.

 

知っていた方も多いかもしれませんが,長野県南部4番の道の駅は欠番ということなのですね.

 

国土交通省の道の駅ページの中部地区を見てみると,長野県南部は3番(奈良井木曽の大橋)の次は5番(信州平谷)になっていて,4番が欠番になっています.


なのですが,道路整備促進期成同盟会全国協議会が発行する本「道の駅旅案内全国地図」が発行する平成24年度版の本には,「信州平谷」が4番目の道の駅として紹介されているため,それ以降の道の駅の番号が,実際の番号と全てひとつズレています.

 

ちょっとややこしい事になっていますが,長野県南部には4番という道の駅は存在しないということになります.

「長野県南部4番」の謎が解けて良かったです.

 

つぎは何を調べてみようかなぁ...

 

【参考ホームページ・参照文献】

 

総務省(2011)『「平成の合併」について』
総務省(2009)『「平成の合併」の評価・検証・分析』


総務省:http://www.soumu.go.jp/
岐阜県中津川市公式ウェブサイト:http://www.city.nakatsugawa.gifu.jp/