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道の駅 「みずなし本陣ふかえ」の思ひで…

 

f:id:osanpowanko:20140227173908p:plain 【訪問日:2014年3月】

 

今日は長崎県の道の駅「みずなし本陣ふかえ」でお散歩です.

 

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島原半島にある「みずなし本陣ふかえ」.
雲仙普賢岳噴火で特に大きな被害を被った場所に位置しています.噴火により被災した深江地区と島原市の復興を目的として設置されたそうです.

敷地内には「大火砕流体験館」「そば打ち道場」「土石流被災家屋保存公園」などの施設があり,お散歩をした日もたくさんのお客さんが来ていました.

 

お土産屋さんや食事を提供する施設だけではなく,火山学習館や大火砕流体験館など火山災害について学べる施設もあります.
国土交通省の道の駅のホームページでは「複合型観光施設」と紹介していました. 

 

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敷地内は和風の建築物が何件もあり,町のようになっています.

まずは長崎県内の品はほとんど置いてあるという品揃え豊富な県産品売店「おみやげ屋」を見てみます.

 

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本当に !! カステラやそうめんといった特産品がたくさん販売されています.
写真に写っている「そうめん」の旗の右側に,白い糸のようなものが釣り下がっているのですが,分かりますか?
これ...“本物”のそうめんだったようです.もっと近くで確認すればよかった...

 

長崎県を代表するお菓子「カステラ」もありますが,「かす巻」という商品もあります.

 

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「かす巻」とは
カステラ生地で餡を巻き,周りにザラメ糖をつけたお菓子です.生地は通常のカステラとは異なり,ふわふわした食感となるような材料の配合,焼き方となっており「和風ロールケーキ」といった具合に仕上げられるのだそうです.
たっぷりと付けられたザラメが印象的でした.長崎の砂糖文化を象徴するお菓子として,現在でも親しまれているようです.

 

 f:id:osanpowanko:20140227173908p:plain シュガーロード

 

日本が鎖国を行っていた江戸時代,唯一海外と取引があった地が長崎の出島です.
海外からもたらされた品々は出島で荷揚げされ,長崎から福岡県の小倉を通じ,最終的には京都・大阪,そして江戸へと運ばれました.海外からの品や文化が伝えられた小倉までの街道は「長崎街道」と言われています.

 

長崎街道には「シュガーロード」という別名があります.
「砂糖」も海外からもたらされた品のひとつであり,長崎から佐賀を通って小倉へと運ばれたためです.この砂糖が運ばれた小倉までの約228kmの道は「シュガーロード」と呼ばれ,その道沿いには菓子店が存在しているそうです.材料となる砂糖はもちろん,菓子作りの技法を入手しやすかったという要因もあります.

砂糖が日本にもたらされたきっかけは,16世紀のポルトガルとの貿易なのだそうですが,オランダや中国との貿易が盛んになった江戸時代(1759年)には今の金額で24億円相当の砂糖が輸入されたそうです.

出島などで陸揚げされた砂糖は砂糖蔵で貯蔵され,国内商人に入札された後に長崎から日本全国へ運ばれて行ったのだそうです.当時は長崎から離れるに連れて砂糖の価値が上昇したのだとか.

 

「長崎=砂糖」という結びつきは人々の会話の中にも垣間見ることができ「長崎が近い=甘い」という表現を使うこともあったそうです.甘味の程度を「長崎が近い・遠い」という言葉で表現していたのです.砂糖を節約した料理,つまり甘みが少ない料理には「長崎が遠い」との表現が使われるのです.

現在でも九州各地で甘ぁぁいお菓子が作り続けられています.


今度は,ちょっとしょっぱいもの.「からすみ」です.
当時のからすみの色が「唐の墨」に似ていたことから「からすみ」と呼ばれるようになったそうです. 

 

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日本三大珍味のひとつとして知られる「からすみ」.
長崎県の特産品で,昔は長崎県野母崎半島や五島列島の鰡卵をもちいて作られていたそうです.長崎へ伝わったからすみは,江戸時代には徳川家へ献上されていたのだとか.
現在では,天然ボラの世界最大の漁場であるオーストラリア東海岸のものが用いられることが多く,道の駅「みずなし本陣ふかえ」でもオーストラリア原産のものも販売されていました.

 

また,お家で飾れるステンドグラスも販売していました.
英語・中国語・韓国語の案内表示がありました.道の駅「みずなし本陣ふかえ」には,団体旅行で海外からお客さんが来るようですね”

 

 f:id:osanpowanko:20140227173908p:plain 土石流被災家屋保存公園

 

道の駅「みずなし本陣ふかえ」内には土石流被災家屋保存公園があります.

この公園は1992年8月8日~14日雲仙・普賢岳の土石流災害により被害にあった家屋を後世に伝える為に保存・公開している施設です.
無料で公開されており,自由に見学することができます(屋外保存家屋は24時間見学可能).

 

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現実に起こったこととは思えないような光景が目の前にありました.
写真でうまく伝わるでしょうか.通常の家屋が屋根の近くまで埋まってしまっています.ここでは土石流災害に遭った家屋11棟を当時の状況のまま保存(1棟は移築)しています.

 

土石流とは,急勾配の渓流に堆積した土砂などが豪雨によって急激に落下する現象です.雲仙普賢岳噴火災害では,平成12年3月末までの期間で62回の土石流が観測されているそうです.

 

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このように,屋根以外は全て埋まってしまった家屋もありました.
この公園周辺は約2.8から3mほど土砂物で埋没したそうです.土砂の流れてくるスピードが緩やかだったため,建物が倒壊せずに土砂物に埋もれるかたちで残ったのだそうです.
この家屋に住んでいた人々は避難勧告を受け5月の時点で避難していたため,8月の土石流災害における人的被害はありませんでした.

 

また,テント内にも家屋が保存されています(テント内は9時から17時まで見学可能).

 

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テント内にはパネルでの説明もあり,噴火から復興むけての取り組みが紹介されています.
音声解説も流れていました.その解説によると,「火砕流」という言葉が使われてのは普賢岳の噴火の際が初めてだったのだそうです.

 

これらは土石流災害の恐ろしさを後世に伝えるために長崎県が整備したものです.
道の駅「みずなし本陣ふかえ」には火山学習館と大火砕流体験館もあります(有料体験施設).

 

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今回は残念ながら見ることができませんでした...

雲仙普賢岳は1990年11月,198年ぶりに噴火しました.1996年に火山活動の終息宣言が発表されるまで,長期間にわたり島原半島全体に影響を与えました.
雲仙普賢岳の噴火に伴う火砕流や土石流により多くのものが失われましたが,新しく生まれたものもあります.
それが平成新山です.

 

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あの山がそうかなぁ...?

道の駅「みずなし本陣ふかえ」は普賢岳のふもとに位置し,溶岩ドームでできた平成新山を一望することができます.
自然の恐ろしさ,そして美しさを感じることのできる道の駅です.

 

f:id:osanpowanko:20140227173908p:plain 道の駅スタンプ

 

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えっと…確か物産館の入口前で押した気がします.外にありました.

 

つぎはどこをお散歩しようかなぁ... 

 


 

名称 みずなし本陣ふかえ(長崎県‐02)
住所 長崎県南島原市深江町丁6077番地
アクセス 国道251号線沿い.
公式サイト http://mizunashi-honjin.co.jp/
ポイント 土石流被災家屋保存公園を見学

 

【参考ホームページ・参照文献】

 

からすみ専門店長崎味藤:https://www.234.co.jp//
長崎街道シュガーロード:http://sugar-road.net/
長崎県産品・特産品お総合情報・販売サイト:http://www.e-nagasaki.com/